安心し解る度に
不安にもなる
僕の知らない時間の出来事は
依然として解らないままだ。
目の前にある、その時だけが自分にとっての構築可能な時間だが
目の前にある瞬間ほど、思い通りにならない事はない。
生きるって、難しいね。
南部イタリアのマフィアであるカモーラを描いた作品。
兎に角人間の闇を突きつけられる。
人はどんどん、呆気なく撃たれる。
「やらねばならないから。」
たったこれだけの理由で少年もカモリスタになり
大人達の抗争の渦に巻き込まれて行く。
ただ、見終わると、これはイタリアを描きつつ
実は我々の国にも同様の事が言えると思いはじめる。
彼らはゴミ処理業を牛耳っており
(かつてナポリのゴミの問題はよくニュースでも目にした)
その他にも、貧しい少年達をリクルートしてビジネスを行う。
これは、出現の形こそ変わっているが
今日本においてもアナロジカルな暗部が露出していると言える。
映画の中で、仲間を撃たれた青年が
少年を使って、報復の方法を話し合うシーンがあった。
そこで登場した一人の気弱そうなカモリスタは
報復を提案した男にこう言う。
「誰がやったか解らないのに、どうやってするんだよ?」
そして、犯人が不確かなまま、報復は実行される。
この映画は、南部イタリアのマフィアの実態を鏡に
我々の世界の影そのものを映し
精神をぐさりと刺す。
あたりまえだけど
それは、被害者と加害者が自分の中に同居しているからだ。